コレクティブハウスの歴史と現状

コレクティブハウスの歴史と現状

2013年9月27日

スウェーデンの建築

最新の再開発地区の運河に面して建つ コレクティブハウス・トゥルストゥーガン
最新の再開発地区の運河に面して建つ
コレクティブハウス・トゥルストゥーガン
バルコニーから運河が見える
バルコニーから運河が見える
左がディック・ウルバン・ヴェステブロ教授
左がディック・ウルバン・ヴェステブロ教授
きれいに整えられた寝室
きれいに整えられた寝室

 「今日はイタリアのブレーシアから、建築家と法律家のお客様がきているので、一緒に話を聞いて下さい」
 ストックホルム中心部のセーデルマルム島にあるコレクティブハウス・トゥルストゥーガンで、ディック・ウルバン・ヴェステブロ教授は千客万来を喜ぶように挨拶してくれました。彼はここの住民であり、王立工科大学でマスターを取ったコレクティブハウスの研究者です。スウェーデンで最新の環境保全地区であり、おしゃれなウォーターフロントのハンマルビィショースタッド。スウェーデン人なら誰もが住んでみたい地域にあるコレクティブハウスで、専門家から話を聞けるなんて幸運です。

  コレクティブハウスとは、1. 独立した住宅がある、2. 共有の台所や居間や趣味ができる部屋や友人が泊まれる住宅などがある、の2点を備えている住宅、と彼は規定しました。ここには47世帯、67人の大人、25人の子供が住み、1チームが10人前後で5つの料理チームがあります。ここでは、火曜から金曜の夕食がコモン・ミールで、調理当番は5週間に1回まわってくるようになっています。1回は5日間ですが、それも2人でやれば、25日間に1回調理をすればいいだけなので、時間を大いに節約できます。
 100年前のヨーロッパの上流階級の家族は、女中と子守の2人の召使が必要でした。中産階級ではとても負担できないので、召使を節約してもらおうと、住宅業者がセントラル・キッチン方式の住宅を考え出しました。それは、地下にキッチンを作り、共同で雇う召使たちが料理を作り、リフトで各家庭へ送る方式でした。各家庭はキッチンなしでしたが、主婦が仕事に就くためという訳でもありませんでした。ストックホルムで1905年に建てられ、コペンハーゲンやベルリン、ハンブルク、チューリッヒ、プラハ、ウィーンなど20か所ほど建てられましたが、長続きはせず、ほとんどが第一次大戦中に倒産しました。最後まで残ったウィーンの住宅も1922年につぶれました。
 戦後は工業化が進み、モダニズムが生まれ、新しい生き方、暮らし方が求められました。効率的な生活が良しとされ、女性が労働者として外へでていくようになり、食事を作る人がいなくなりました。そして再びセントラル・キッチン方式が復活しました。女性は食事を作らなくてもよくなり、帰宅したら食事ができていて、食後は皿を洗い場へ送るだけですむようになりました。

 1935年にストックホルムに建てられた54戸の小さいアパートは、子供の世話、洗濯、料理は共同の使用人がやり、各アパートにキッチンがなく、湯沸ししかありませんでした。最初は人気があり、入居する人たちがいましたが、やがて使いにくいのか、みな出ていきました。
  個人の住宅業者のオーレ・エングクヴィストは、労働、家族、女性の権利といった当時話題の議論に触発されて、1938年から1956年にかけて6棟のコレクティブハウスのユニットを建設しました。そこでは、サービスは雇い人たちが提供し、食事は毎月24回、夏休みを除く10か月のチケットを購入する義務がありました。当時の男性たちは、女性が外へ出るのを嫌がり、家の中で働かせようとしていました。男女平等という思想はなく、それがリーダーであった社会民主労働党の考え方でした。
  1956年にストックホルムに建てられたハッセルビィ・フィミリー・ホテルは、328戸の住宅があり、受付、セントラル・キッチン、2つの食堂、カフェテリア、商店、トレーニングルーム、サウナ、祈祷室、洗濯サービス、保育園、高齢者デイケアなどが備えられていました。しかし1976年に、入居者の意志に反して、閉鎖されてしまいました。
  1960年代からの学生運動、ベトナム反戦運動、ウーマンリブなどの流れの中で、若者たちはこれまでの保守的な家族や暮らしを否定し、集団での生活を求める人たちが出てきました。家事はみんなでやり、男性の参加がふつうになりました。料理は仕事ではなく、楽しみになりました。少ない人数のために毎日料理するよりも、数週間に1回、多くの人たちのために作るほうがさらに楽しいことに気づきました。
  1982年にコレクティブハウスに関する書籍「小さなコレクティブハウス-実用モデル」が出版され、それをもとにしたコレクティブハウスが建てられるようになりました。
  ストックホルム市は、傘下の3つの住宅会社に対して、コレクティブハウスに積極的に建物を貸す義務を課し、いまや全国のコレクティブハウスの半分がここに作られています。ストックホルム市には26軒あり、他に25軒となっています。

 スウェーデンでは夫婦で暮らす人たちは20%しかおらず、50%が独居です。家族のきずなが薄く、他人との結びつきを作る必要があります。いまのところ入居などの問い合わせの70%が女性からですが、本当は男性のほうがきずな作りが必要のはずです。一人で住環境を維持するのはかなりの負担になるはずで、コレクティブハウスでみんなで決めて実行すれば、1人あたりの労働を節約できます。また、ゲストルームやパソコン、本、トレーニングルームや器具なども共有すれば、安上がりになります。 また、子供たちにとって、コレクティブハウスは最適の住環境のはずです。学校から帰ってきて両親がいなくても、共同スペースに行けば大人が誰かいるし、お腹がすいていたら飲物やおやつがもらえます。学童保育に行く必要はありません。 スウェーデンでは、これまでに55軒のコレクティブハウスが作られましたが、そのうち10軒がコレクティブをやめました。17軒は部分的なコレクティブであり、28軒がオリジナルなままの形で運営しています。最大は185戸で、いまもうまく運営されています。過去に5戸がありましたが、失敗しました。15戸から50戸がうまくいくようですが、退去者がでたあとの新規の入居者の人選が非常に重要です。入居にあたり、1. 食事のきまりを守る、2. 掃除当番をしっかりやる、3. 子供の教育をしっかりする、4. 理事会などでの決定事項をしっかり守る、といった遵守事項を確認してもらう必要があります。
  「うまくいっているところのほうが多いのだから、みなさんも安心して作っていって下さい」 そう彼はしめくくりました。
  「ありがとうございました。私たち、2年以内にブレーシアで工事を着工できるように頑張ってみます」ブレーシアの女性たちは、目を輝かせながらお礼を言い、帰っていきました。
  私たちは、コレクティブハウス・トゥルストゥーガンの見学に移りました。

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